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人間がこれまでに掘ったいちばん深い穴は、12キロメートル。地球の中心までは、6371キロメートルあります。その先には、何があるのでしょうか。
ちーがくんとはかせと一緒に、探査装置「はかせ号」で、地球の中心まで探検してみましょう!
Contents
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裏庭で穴を掘るちーがくん
―夏の午後。研究室の裏庭に、小さなスコップの音が響いています。ちーがくんは朝からずっと、同じ場所を掘っていました。
ちーがくん
はかせ、見てください! こんなに深く掘れました! この下から、宝箱が出てくるかもしれません!
はかせ
おお、ちーがくん ―― ふむ、背の半分ほどか。朝からずっと、ここで音がしておったな。掘った土のにおいが、庭じゅうにひろがっておる。わしはその音を聞きながら、茶を飲んでおった。……して、宝箱は出てきそうかの?
人間が掘れたのは、12キロメートルまで
ちーがくん
あの、はかせ。掘りながらずっと考えてたんですけど……このまま掘り続けたら、僕、どこに出るんですか?
はかせ
よい質問じゃ、ちーがくん。……人間がこれまでに掘ったいちばん深い穴でも、12キロメートルなんじゃ。地面から地球の真ん中まで ―― これを半径と呼ぶが ―― 6371キロメートルある。つまり千歩あるいて二歩、0.2パーセントしか進んでおらん。わしも初めてこの数を並べたときは、しばらく信じられんかった。
ちーがくん
千歩あるいて、二歩!? あんなに大きな機械を使っても、そんなにちょっとなんですか!? 僕、朝からずーっと掘ってたのに!
はかせ号で、地球の中心へ
はかせ
うむ、わしも初めて知ったときは、同じところで驚いた。何度計算し直しても、およそ0.2パーセントにしかならんかった。……ちーがくん、こういうものは、説明するより見に行った方が早い。はかせ号で、地球の中心まで潜ってみようか。スコップは置いていくんじゃ。
ちーがくん
地球の中心!? 行けるんですか、そんなところまで!? ……あっ、でも、下の方ってすごく熱いんじゃないですか!?
はかせ
案ずるな ―― 熱と、まわりからぎゅうっと押してくる力に耐える仕組みは、わしが25年かけて仕込んである。窓の外は見えるが、熱は一切入らん。ひとつだけ約束じゃ ―― 何があっても、この中から出んこと。……さあ、ちーがくん。はかせ号、出発じゃ!
地面の下へ出発
―はかせ号が光に包まれました。次の瞬間、土のにおいも、庭の日ざしも消え、窓の外は岩ばかりに。船は、まっすぐ下へ降りていきます。
ちーがくん
うわっ、外が暗い……! あっ、窓の外、岩がすごい速さで下から上に流れていきます!
はかせ
わしらが下へ進んでおるからじゃ。ここからは速さを落として、ゆっくり潜っていくぞ。……ちーがくん、窓のそばにおいで。いつもわしより先に気づくのは、ちーがくんの方じゃからな。……もう、庭の土とは色がちがうじゃろう。
岩の色が変わった ―― 地殻とマントルの境目
―窓の外の岩が、ゆっくりと後ろへ流れていきます。深さを示す数字だけが、静かに増えていきました。
ちーがくん
あっ、はかせ! 岩の色が、急に変わりました! ここから下、さっきまでと全然ちがいます!
はかせ
おお、色が変わったか。……今越えたのが、モホ面という境目じゃ。陸の下では、深さはおよそ35キロメートル。ここより上を地殻、下をマントルと呼んでおる。1909年、モホロビチッチという人が、地震のときに地面を伝わっていく揺れ ―― 地震の波の記録から、この境目を見つけたんじゃ。
ちーがくん
地震の記録から……? じゃあ、掘って確かめたわけじゃないんですね。……あっ、聴診器みたいですね! 中を開けなくても、音で中の様子がわかるんだ!
はかせ
よい例えじゃ。地震の波は、硬さのちがう岩にぶつかると速さが変わる。その変わり方を、遠く離れた地上でじっと聴いて、この深さに境目があると言い当てたんじゃ。……掘らずに、耳だけで。この話は、いつまでも強く印象に残っておる。
マントルの岩は、固体のままゆっくり流れる
ちーがくん
はかせ、この岩……ゆっくり動いてませんか!? 気のせいかな。でも、大きくうねってるみたいに見えます!
はかせ
気のせいではないぞ。わしにも、そう見えておる。……ここにあるのは、かたい固体の岩じゃ。じゃが何千万年というものさしで見ると、その固い岩が、ゆっくりと流れておるんじゃ。今わしらが見ておるのは、その動きを早回しにした姿じゃ。
ちーがくん
固体なのに、流れる……。うーん……あっ、水あめだ! 固そうに見えるのに、置いておくと、とろーんと形が変わるやつ! 固体なのに水あめなんだ!
はかせ
水あめか ―― よい例えじゃ、ちーがくん。しかも、よく効いておるのは「固体なのに」の方じゃな。この窓の外の岩を指ではじけたなら、庭の石ころと同じ、かたい音がするはずじゃ。その同じ岩が、時間のものさしを変えたときだけ流れて見える。……ときに、この辺りでもう1500度あるぞ。
白く光る岩と、横揺れの波が進めなくなる境目
―はかせ号が速度を上げました。深さを示す数字が、数えきれない勢いで回りはじめます。
ちーがくん
うわっ、数字がすごい勢いで回ってます! ……あれ、外の岩、だんだん白っぽく光ってきました!
はかせ
うむ、わしにも白く見える。……ものは熱くなるほど、明るく、白っぽく光る。2500度ともなれば、この色じゃ。焚き火の色とは、もう別ものじゃな。……もっとも、こうして見えておるのは、窓が見やすくしてくれておるおかげじゃ。
ちーがくん
2500度……。じゃあ、この下はもっと熱いんですね。……それに、ここまでずっと、かたい岩でしたよね。だったら、いちばん奥が、いちばんかたいはずですよね!
はかせ
ふむ……わしはここへ来るたび、この先で息を止めてしまうんじゃ。……ちーがくん、ひとつだけ先に言うておこう。地震の波には、進む向きに縮んだり伸びたりする波と、横に揺れる波の二種類がある。そして横に揺れる方は、液体の中を進めん ―― さっきのマントルは、何千万年では流れても、波が通る一瞬では庭の石ころと同じじゃから、そこは通る。……もうすぐ、その横揺れの波が進めなくなる場所を越えるぞ。
ちーがくん
……あっ!? え、なんですかこれ!? 下から線が出てきて、横いっぱいに広がってます……! その線の下だけ、急に色が明るい……!
はかせ
深さおよそ2891キロメートル、グーテンベルク面という境目じゃ。横に揺れる波は、ここから先へは進めん ―― つまり、その先は液体ということじゃ。ここから下は、地球のまん中のかたまり「核」の、その外側 ―― 外核と呼ばれる、溶けた金属の層になる。……人間は誰も、ここを見た者はおらん。地震の波がそう教えてくれた場所に、今わしらはおる。
ちーがくん
岩のプールから、鉄のプールに飛び込んだみたい……! かたくなっていくはずだったのに、溶けてる……! 深くなるほどかたい、じゃなかったんだ!
はかせ
プールか ―― うまいことを言う。「飛び込んだ」というのが、まさにそれじゃ。境目のこちら側だけが金属の海で、今わしらが抜けてきたすぐ上の岩は、さっきと同じでかたいままなんじゃ。しかもこの海は、地球の中心を、まるごと包んでおる。
流れる外核と、また固体に戻る内核
―溶けた金属の海のただ中を、はかせ号が静かに進んでいきます。
ちーがくん
はかせ、この流れ、下からわき上がって、また沈んでいきます! すごい……ちっとも止まらないんですね!
はかせ
ほう、わき上がっては沈んでおるか ―― わしにも、止まる気配は見えん。さっきのマントルの岩も流れておったが、あれは何千万年かけての話じゃ ―― ここもやはり早回しじゃが、けた違いに速い。同じ「流れる」でも、ものさしがまるでちがうんじゃ。何度ここへ来ても、わしはつい長く見入ってしまう。
ちーがくん
本当に流れてるんですね……。かたい岩の中を、ずっと来たのに。……これ、いつからずっと動いてるんですか?
はかせ
……それがな、ちーがくん ―― いつ動き始めたかは、まだはっきりしておらんのじゃ。地球の中心のことは、分かっておらんことがまだ多い。わしは、そこが面白いと思うておる ―― 目の前にあるのに、まだ誰も知らんのじゃ。……おっと、流れの色が、さっきと変わってきておらんか?
ちーがくん
えっ、流れが……止まった!? あんなに動いてたのに、また、かたくなってます! どうしてですか!?
はかせ
わしにも、そこは何度見ても不思議じゃ。……深さおよそ5150キロメートル。ここから内側は内核、また固体に戻るんじゃ。あれほど流れておったものが、境目ひとつ越えただけで、外核のようには流れなくなる。1936年にレーマンという人が、地震の波の届き方から、内核があることを突き止めたんじゃ。
ちーがくん
液体の中に、かたいかたまりが……。あっ、押しくらまんじゅうだ! まわりからぎゅうぎゅう押されて、動けなくなったんですね!
はかせ
押しくらまんじゅう ―― その「押されて」が、まさに肝じゃ。もっとも、押されて詰まったから固い、というのとは少しちがう。まわりから押されると、溶けはじめる温度そのものが、上がってしまうんじゃ。外核から下の金属の中では、深く潜るほど、まわりの温度も上がっていく。じゃが、溶けはじめる温度は、それよりも急に上がっていくんじゃ。
ちーがくん
え、どっちも上がるのに、溶ける温度の方が急なんですか!? ……あっ、そうか。どこかで、溶ける温度が、今の温度を追いこしちゃうんだ! 溶ける温度が追いこしたら、もう溶けたままではいられない……!
はかせ
そのとおりじゃ ―― よう気づいた。さっき越えた境目で、とけ始める温度が、およそ5200度のまわりの温度にちょうど追いついたんじゃ。そこから下は、とけ始める温度の方が高いから、固まっておる。……ここからさらに千キロメートルあまり、かたい内核の中を進むぞ。……着いたぞ、ちーがくん ―― ここが地球の中心じゃ。
地球の中心から、地球ぜんぶを見る
―はかせ号がゆっくりと向きを変えました。窓の外の景色が、みるみる遠ざかっていきます。
ちーがくん
はかせ、ここ……どっちが上なんですか? 上を見ても、下を見ても、同じに見えます
はかせ
ここでは、どちらを向いても上じゃよ。頭の先も、足の先も、どちらも地表を向いておる。……さあ、引くぞ。……これが、地球ぜんぶじゃ。今朝の穴も、人間が掘った12キロの穴も、この一番外の細い線の中に、すっかり収まっておる。
ちーがくん
……あの穴、線の太さにも届かないくらいなんですね。……はかせ、僕、わかりました。地球はゆで卵みたい。でも半熟卵とは逆で、黄身の外側がとろとろ、芯の方がかたいんだ。……かたさは、深さの順じゃなかったんですね。
はかせ
……ゆで卵か ―― 25年この船に乗っておって、まだ新しい言葉が出てくるとはのう。うむ ―― 順に並んでおると思いたくなるものじゃ。しかもこの卵は、白身も、黄身のとろとろも、今この瞬間に動いておる。……さあ、帰ろうかの、ちーがくん。庭の穴が待っておる。
ちーがくん
あっ、待ってください、はかせ! 僕、今日通った順番、言えます。いちばん上が地殻、その下はかたいのにゆっくり流れるマントル、その先は速く流れてる外核、いちばん奥がまたかたい内核。……それに、その境目は三つとも、地震の波が教えてくれたんですよね!
はかせ
……うむ、ようまとめた。三つとも、掘って確かめたのではない ―― 地震の波が教えてくれた境目じゃ。人が掘れたのは、いちばん上の12キロだけじゃった。その三つを、今日は船で越えてきた。……さあ、上へ戻るぞ、ちーがくん。
庭に戻って
―庭に戻ると、日はもう傾いていました。ちーがくんは掘りかけの穴のふちにしゃがみこみ、じっと底をのぞきこんでいます。背丈の半分しかない、ただの土の穴。けれど今日から、その暗がりは、どこまでも続いています。スコップは、まだ土に立てられたままでした。
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